きつねのおきゃくさま

『きつねのおきゃくさま』という絵本を知っているだろうか?作:あまんきみこ、絵:二俣英五郎によって手掛けられた本作。自分が一番好きな絵本だ。大好きだ。小学生の時の国語の教科書に載っていた。当時から大好きで、20を超えても定期的に読み直し、その度にさらに好きになる。この作品への想いは既に「恋」の域に到達したといえる。今回は、その魅力を発信したいのだが、その前にまずは簡単にあらすじを述べようと思う。

 

むかしむかし、お腹を空かせたきつねは、ある日痩せたひよこにであう。きつねはすぐに食べようかとも思ったが、太らせてからでも遅くないと、一先ずひよこを育てることにした。ひよこはとても感謝して、きつねに「優しい」と声をかける。それに続くようにあひるとうさぎもやってきた。みんなきつねに感謝する。最初は食べるためだったのに、いつしか丁寧に丁寧に3匹を育てるようになる。

ある日山からオオカミが、ひよこ・あひる・うさぎを狙ってやってくる。きつねは勇敢に戦って彼らをしっかり守り切り、そして恥ずかしそうに笑って死んだ。

 

っていうお話。あらすじだけでもうヤバくない…!? 本文は「きつねのおきゃくさま」と検索すれば読むことが出来る。五・七調でリズミカルに綴られる文章。その裏にあるのは、情だったり愛だったり現実の残酷さだったり。色んな感情が丁寧にかつ大胆に語られている。これが小学二年生の国語の教科書に載ってるってすごいな日本!!

なによりきつねが格好いい…そして二俣英五郎氏の絵が絶妙である。とても残酷な話ではあるが、この少し古臭い、やさしいキャッチ―なイラストたちがバランスをとっている。さて、少し深堀してみよう。

 

まず、きつねが初めに出会ったのがひよこっていうのが絶妙。まだまだ子供で親の庇護下であるはずのひよこが、がりがりで一人で家を求めて森を彷徨っていたっていうのがそもそも異質で。きつねはひよこから人生で初めて「優しい」と声をかけられたわけだが、ひよこからしてもきつねが人生で初めて「無償の優しさを提供してくれた存在」であったわけだ。ひよこが子供だったからこそ、きつねの誘いの裏に気づかず、素直にきつねを信用したといえる。きつねに初めに会っていたのがあひるやウサギであれば、きっと家にはついていかずこの場できつねに食われていただろう。

けれども、もしかしたらひよこもきつねの狙いに気が付いていたのかもしれない。なんせ一人で森を彷徨う痩せたひよこだ。子供だけれども、いや子供だからこそ、既に周りの大人から酷い目にあったのかもしれないし、大人の残酷さを知っていたかもしれない。それでもなお、一点の曇りなく、きつねをお兄ちゃんと呼んだのだとしたら。そこにあるのは「素直さ」ではなくきつねへの「諦め」「縋り」だったのかもしれない。(意味合いとしては売春に近い)ともすればひよこにとって、どんな思惑があったにせよ最終的に誠意で答えきったきつねは比喩ではなく本当に神様だっただろう。3匹の中できつねに一番救われたのはひよこだったのかもしれない。

 

2点目。きつねは腹が減っていたから3匹を太らせてから食べようとしたんだ。なのに絵を見てみると、とても豪華な、手作りの食事を3匹にふるまっている。ここで注目したいのが、自分の分を切り詰めて3匹に食わせるといったような展開ではなく、しっかりと自分の分も用意してある点である。ここから何が読み取れるか。3匹に心配されないために、3匹のことをしっかり食わせるために、何とかして食料をかき集め、それを3匹の前でおくびにも出さず、おいしいご飯と住処を提供したきつねの図である。周りに頭を下げたのかな、自分で働いてかき集めたのかな。ほんとうに目頭が熱くなる。

 

3点目。おおかみが襲撃する時「こりゃ、うまそうなにおいだねえ。ふんふん。ひよこに、あひるに、うさぎだな」といった後、きつねは「いや、まだいるぞ。きつねがいるぞ。」というなり飛び出した。実際は危険は直接にはきつねに降りかかっていなかったのだ。それどころか、きつねはおおかみに気づかないような、離れた所にいたのかもしれない。(自分はこの時きつねは食料探しをしていたと踏んでいる)にも関わらず3匹の危機に最も早く気が付き、途端に戦いに行ったのだ。勝てるはずがないのに。案の定きつねは結局死んでしまう。恥ずかしそうに笑って死んでしまうのだ。その笑みに含まれるのは自嘲か、それとも照れか。

 

さて、最後結局きつねは幸せだったのだろうか。ひよこと会い、あひると会い、うさぎと会い、知らなかった感情を教えてもらい、その見返りとして食料と住処を提供し。いつしか3匹を食べることは頭からなくなり。3匹はきつねを神様と形容したが、きつねにとっても3匹は神様だったのだ。お互いがお互いを神様と崇めあう。これは最早恋ではない。愛、もしくはそれ以上の、もはや宗教とも呼べるような関係性だ。きつねはそこに殉じ、3匹もきつねのお墓を作り涙を流し、これが幸せと言わないのであれば、僕はもう幸せが何か知らなくて良い。

 

死という現象に、死の更に先を教えてくれる、いい絵本だと思う。ここまで熱弁してきたが、絵本自体は5分で読めるような密度だ。絵も含めて、皆さんにもぜひ楽しんでもらいたい。

 

とっぴんぱらりいのぷう